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【無料Web小説】 星に願いを

物語
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仕事中にストッキングが伝線しても履き替えることがなくなった。職場から家まで電車で一本だし、家には楽天で買い込んだ予備のストッキングが腐るほどある。何よりライトベージュだから目立たない。自分でも女を捨てているなとは思うが、5足400円で買っているものをコンビニで200円以上出して買い直す気がしないし、トイレで履き替えるのも面倒臭い。どちらにしても脂っ気のないアラサー女が破れたストッキングを履いていたところで、誰も気に留めないだろう。そんなことを元同僚の美由紀に言ったら「伝線したストッキングを履いてるアラサー女ほど、この世の中でみじめな生き物はいないよ」と嘆かれた。たしかにそうかもしれない。

仕事が忙しくてストッキングや化粧崩れを気にしている余裕がない。50人規模のウェブ制作会社でライターとして入社し、いつのまにかディレクターとしてラフまで書いてデザイナーに指示を出すようになった。イラレなどのソフトの操作を覚えてからは簡単なバナーも作ることもある。アパレルのECサイトがメインだったが、国産車のサイトも手掛けたこともある。ただ、作品のセンスが気に入られて、カットソーを1480円で大量に売るような安いアパレルメーカーからの指名が圧倒的に多い。がんばった分はボーナスに反映されるので給料も悪くないが、とにかく忙しかった。調整すれば定時に帰れないことはないが、納期の前は終電まで仕事なんていうのも結構ザラだった。

「夏のポイントキャンペーンをしたいんだけれども」とアパレルメーカーから電話が来るたびにそんなの勝手にしなよという声が喉まで出かかった。
今回の売りは?あー、こないだと同じ2980円のスキニーですね。え、新色?あーハイ、わかりました。あとで画像だけ頂けます?ポイント付与は前回と同じ最大20倍ですね。はい、5日間限定で。じゃあ今日中にバナーとメルマガのワイヤーフレームと作ってお送りします。あ、去年やってた秋色コーデの特集って今年もやります?じゃあそれも考えておきます。新作ニットとか出品するときは教えてくださいね。あ、去年買わせてもらったニットワンピ、今年もヘビロテしますよ!いえいえ、こちらこそいつもありがとうございます。画像お待ちしてます。よろしくお願いします。
人様のファッションを考えることに必死になりすぎて、自分のストッキングのことさえ考えられなくなったかわいそうなあたし。

同僚だった美由紀は今年の春に仕事を辞めた。あたしよりもデザインに強かった美由紀はイラレとばかり向き合い、後頭神経痛を患って頭痛に悩まされていた。鍼とカッピングのおかげで頭痛は良くはなったが、このままでは身体がおかしくなると判断してあっさり会社を辞めた。世田谷のアパートを引き払い、江東区の実家に帰った。美由紀は今、派遣社員として新木場の製菓工場に9時から18時まで勤務し、8時間ずっと段ボールを組み立てているという。「単調な作業で頭がおかしくなりそうだけど、意外と体力使うから痩せたよ」と笑っていた。仕事の帰りに銀座で待ち合わせてご飯をたまに食べる。そしてストッキングの伝線を毎回指摘される。

美由紀から「定時最高!」と聞くと羨ましいと思うが、手取りが18万と聞くと複雑な気持ちになる。似合ってはいるから気にしてはいなかったが、質素な恰好になったと思う。でも美由紀はきっぱりと話す。
「正直さ、今の彼氏と半同棲みたいになっちゃって、お金貯まったら結婚しようって話になってて。まあ、それも結構先だとは思うんだけど、ぶっちゃけもう仕事とかどうでもいいんだよね。だって子供だって産みたいし。仕事がしたくないわけじゃないけど、子供生んでさ、運良く保育園に入れることができても時短勤務できるところでしか働けないし、それこそパートでいいかなって。スーパーのレジとか打っちゃおうかなあ。」

あっけらかんと笑う美由紀に同調しながら、どうして同じ女なのにここまで差が開いてしまったんだろうと思う。あたしにはそんな明るい未来が想像できない。仕事を終えて疲れて家に帰り、クナイプを入れた浴槽で半身浴してくだらないテレビドラマを見ながらスキンケアとストレッチをだけをこなしているだけの毎日。土曜にはホットヨガにも行く。でもそれだけ。充実していないこともないが、結婚相手どころか彼氏もいない。お金はあるから服にも化粧品にも気は使っているけども、残念ながらストッキングは破れている。男への甘え方も結婚への夢ももうすべて忘れた。寂しさにも慣れた。


なんとか仕事を片づけて電車に乗る。有楽町で降りてプランタン銀座のルチアーノのジェラートを食べようか悩んだが、破れたストッキングのことを思い出して辞めた。
日暮里で改札を抜けると切符販売機の側に大きな笹が立てられていた。赤、紫、黄緑、金。色とりどりの短冊が鬱陶しい程に笹を飾る。何が書いてあるんだろうと思って何枚か手に取ると子供たちのかわいらしい願い事が書き綴ってあった。

この時期になると4年前に付き合ったあの人を思い出す。
ハイブランドのアパレルで働いてた同い年の男で、学も常識もなかったが、いつも明るい男だった。友達に紹介され、何度か遊ぶうちに告白されて付き合った。何の変哲もない出会いだった。

「もらった」と嬉しそうに担いできた笹。誰からもらったのか聞いてもただ笑うだけで教えてくれなかった。たぶんあたしを喜ばせるためにどこかの林から刈ってきたのだろう。あたしはその好意に甘んじた。
折り紙がなくてポストに入っていた適当なチラシを切って裏に願い事を書いて飾った。
「2kgやせますように」「宝くじがあたりますように」「いつまでも二人がラブラブでいますように」
笑えるほどに殺風景なその笹は枯れ始めるまでずっと玄関に置かれていた。

織姫が次の年の七夕を待つ間に彦星には別の女ができてしまいました。そして織姫は悲しみのあまりに天の川に身投げしてしまいました。
天の川には織姫の悲しみと怒りだけが残り、やがてそれらは大火となって轟き始めました。その大火は遂に天の川から溢れだし、街を焼き、そして全ての男と女を焼き払ってしまいました。おしまい。

カバンを開けてポーチからジェーン・アイルデールのリキッドアイライナーを取り出し、手持ちのレシートに書きなぐる。
「あの人が不幸になりますように」
あたしが味わった痛みと孤独、それと同等の不幸が彼に訪れますように。

笹の枝を引き寄せてヘアピンで短冊を無理やり括りつけた。色とりどりの綺麗な短冊の中で白い短冊は異様な存在感を醸し出していた。幼少期に毛筆をやっていて良かったと思った。

この短冊はあたしの願いを叶えてくれるだろうか。
駅を出て商店街を歩く。一度立ち止まって空を見上げたけれども、曇っていて星は一つも見えなかった。



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