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バレンタインキッスをもう一度

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沙耶香はバレンタインデー6日前に直也から別れを切り出された。確かにこのところ2人はうまくいってなかった。
2年程順調に付き合ったが、結婚を意識して初めてお互いの価値観の違いに気付き始めた。2人の時間を大切にしたいと考える沙羅と仕事や友人関係との付き合いを大切にする直也。典型的なだらしないタイプの直也は洗濯物を一枚一枚きちんと畳む沙耶香に窮屈さを覚え、沙耶香には直也のだらしなさが目に付くことがあった。細かいことを気にしない直也に沙耶香が突っかかる形で喧嘩も増えていった。最近では2人共そんなパワーも残ってなく、できる限り接触をしないようにとお互いに動いていた。まだ同棲をしていなかったことで助けられた部分もあった。
それでも沙耶香はいつか2人で乗り越えてまた新たに良い関係が築き直せる日が来ると信じていた。沙耶香は大手メーカーの経理として働いていて同世代の女性と比べると収入も良い方だったが、既に31歳になっており、もう後がないと意地になっていた。今はこんな風になってしまったが付き合ってからしばらくは本当に楽しかった。直也の荒々しい男らしさと沙耶香の気丈ながらもまじめで控えめな女性らしさ、タイプの違う二人だからこそ惹かれあった。
しかし直也は33歳でちょうど仕事でも三回目の昇格をしたばかりだった。一番楽しい時期を迎えたところだったので沙耶香のことをそれほど思いやっている余裕がなかった。沙耶香は気づかなかったが、実際に直也は他の女で性処理をすることも多々あった。直也は結婚をしたくないわけではなかったが沙耶香程には結婚に希望を持っているわけでもなかった。
むしろここ最近の沙耶香との荒れた関係性に疲れ切った直也は2人の関係にもう終止符を打ちたいと考えていた。そして最後くらい悪者になろうと「ごめん、他に好きな子ができた」と遂に沙耶香に伝えたのだった。これといって好きな女はいなかったが、次の彼女候補はいくらでもいたのである。

別れを切り出されるも女としての意地と見栄から「今までのありがとう」と静かに受け入れた沙耶香に訪れたのは絶対的な絶望と大きな怒りだった。
別れるのはしょうがないよ。確かにあたしたちうまくいってなかったもんね。お互い我慢してばかりなのに表面では幸せなんですって顔してさ、もうそういうの疲れちゃったよね。あたしだってとりあえず結婚しなきゃっていう使命感があったけど、本当に結婚したかったかって聞かれたら微妙だし。でもさ、バレンタインの前に言うか、普通。どうすんだよ、あのチョコ。

凝り性な沙耶香は今年もバレンタインにチョコレートを手作りしようとカルディで材料を揃えてしまっていた。ベルギー産のクーベルチュールチョコを500g、更にカカオパウダーにココナッツロング、生クリーム、アーモンドスライスなどを買い込んだ。クッキーのチョコ掛けにしようかトリュフにしようかと悩んでいたが、気分に合わせて作れるようにようにと全て揃えてしまった。

一昨年迎えた初めてのバレンタインはクッキーを焼いてアイシングシュガーで絵柄をつけて直也にあげた。熊やリボンなどが描かれたカラフルなクッキーを見た直也は「すげえ!」と喜びながらすぐに完食してしまい、それが本当に嬉しかった。去年は路線を変えてビターチョコでラム入りのトリュフを作ったらやっぱりこれも喜ばれて嬉しかった。
 「女物とかよくわからなくて」といいながら一昨年にお返しとして直也がくれたトゥモローランドのペンダント、そして去年くれた4℃の時計は今も大切にしまっている。

でも今年は今までのような興奮はなく、ある種の義務感から沙耶香はチョコを作ろうとしていた。それでも「このチョコがきっかけでまた昔みたいに戻れたら」と沙耶香は希望を持って製作に取り掛かるはずだった。

あー、どうしよう、この材料。どうせあの人は若い女から本命のチョコをもらうんでしょうよ。あたしだけこんなに惨めで、こんなに寂しくて。馬鹿にしてるよ、まったく。
あたし来年32よ。仕事だって楽しかったし、お金もそれなり貯まったわ。楽しい楽しい人生だった。あなたに会えてよかった。でもやっぱり女だからお嫁さんにもなりたかった。あの人には言わなかったけど、あたし早くママにもなりたいのよ。
悲しさよりも怒りが勝り、沙耶香は泣くにも泣けず、沙耶香の吐くため息ばかりが部屋を満たした。

沙耶香は湯を沸かし、ボウルに張った。更に一回り小さいボウルを浮かべ、そこに大量のチョコの欠片を投入し、ヘラで混ぜながらゆっくりとチョコを溶かした。嗅ぐだけで幸せになれそうなカカオの香りが狭いキッチンに立ち込める。溶けたチョコが少し緩くなっきたところで生クリームを少しずつ足していき、うまく混ざったらボウルをお湯から出してバニラエッセンスを少し振り、更にゆっくりと混ぜる。冷めるのを待ちながらまたお湯を沸かし、余らせたチョコを別のボウルに入れ、湯煎で溶かす。トリュフの中身が少し固まってきたらヘラですくい、手で丸める。拳大はあるんじゃないかと思うほど大きいトリュフを沙耶香はいくつも作り、新たに溶かしたチョコに浸してコーティングをし、カカオパウダーをまぶした。

「ごめん、あたしだけど」「おっどうした?」
別れたばかりの女から電話がきて直也はぎょっとした。やっと別れて肩の荷が下りたばかりなのに。ほっといてくれよ。直也はそう思いながらも電話をとってしまった。
「悪いんだけどチョコ要らないかな?作りすぎちゃってさぁ」「あっ食いたい食いたい」「じゃあそっち方面に予定あるからついでにもってくよ」「おう、わりぃな」
色々勘繰ったが、予想外にあっけらかんと話す沙耶香の様子に直也は安心した。まるで付き合う前に戻ったみたいだ。「ほんと、良い女だったよなあ」と他人ごとに直也はそう思った。
 沙耶香が見慣れたマンションのチャイムを鳴らすと直也がドアをあけた。にこやかに笑む沙耶香に直也が「わざわざありがとうな」と話しかけた。「どういたしましてっ!」と言った瞬間に沙耶香はかごバックからトリュフを素早く取り出し、直也の顔に至近距離から投げつけた。ベチョっという音を立てながら直也の右頬に当たったトリュフはそのまま床に落ち、パカっと割れた。

「ってえ」直也がなにが起きたか把握できずにあっけにとられている。すかさず次のトリュフが眉間に直撃し、今度は顔の上で割れ、バササという音を立てて床に落ちた。衝撃的な痛みと、不気味に漂うチョコの甘い香りのせいで直也はパニックに陥る。何よりトリュフは重量があり、女性の力でも至近距離からぶつけられるとかなり痛い。
「えっなに?やめてくんない?」と直也が必死にいうと沙耶香はかごバックを開きながら「まだこんなにあるの」と笑った。直也は「ヤバい」と思ったがもう遅かった。必死に後方に下がって間合いを取ろうとする直也だったが沙耶香は既に玄関に上がり込んでいた。そして直也目掛けて沙耶香は腕に力を込めて必死に投げつけ続けながらこう言った。「ハッピーバレンタイン!」

 「お前良い加減にしろよ!頭おかしいんじゃねえか!」と直也が怒りながら叫ぶも「あたしをこんな風にしたのはあんただよ!」と沙耶香は叫びながら更にトリュフを投げつけた。手で防御するしか直也に術はなく、すでに直也の顔はチョコまみれになっており、アメリカンイーグルのロンTも茶色い染みが幾つもできていた。

 「俺が悪かった。」直也は観念した。「別れるなんて言ってごめん。お前が俺を想う気持ちはわかった。やり直そう。」決して本心ではなかったがこの場を収めるために思わず言ってしまった。

「良かったね」沙耶香は手を止めて言った。「え?」直也は意味が分からなかった。「これチョコで良かったよね。馬のクソとかじゃなくて本当に良かったよね」と沙耶香は笑いながら言った。
「おめえ何なんだよ!さっきからよー!意味わかんねえんだよ!」遂にキレた直也が突進し、沙耶香の背後から襟を掴み、玄関のドアを開け、無理やり引きずり出した。
「待ってよ!あと7個残ってんだよ!どうすんだよ、これ!」 
そう泣き喚きながら沙耶香はドアに備え付けられた郵便受けからチョコ団子を無理やり押し込む。「あんたこそ何なのよ!女の気持ちを踏みにじりやがって!死ねよ!喉にチョコ詰まらせて死ねよ!」

 

1個、2個、3個。沙耶香は溶け始めてうんこみたいになったトリュフを数えながら郵便受けに押し込んだ。直也は恐怖を覚えて「勘弁してくれよ」とつぶやくが、郵便受にはトリュフがどんどんねじこまれていく。4個、5個、6個。沙耶香は最後の1つを郵便受けに詰め込みながら彼と過ごした甘い夜を思い出して泣いていた。

彼との間に描いた結婚生活は本当に本当にチョコみたいに甘い夢想だったのだ。<完>

 

 

 

 

今週のお題「バレンタインデー」

 

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